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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)15040号 判決

原告 本應寺

右代表者代表役員 細井妙俊

右訴訟代理人弁護士 村田彰久

被告 株式会社 渡辺興業

右代表者代表取締役 渡辺秋人

右訴訟代理人弁護士 神田洋司

同 井上博之

同 弘中徹

同 柴崎晃一

同 溝辺克己

同 山下秀策

主文

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地を明け渡し、平成元年四月二四日から右土地明け渡し済みに至るまで一か月当たり一九万円の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡し、昭和六三年四月二四日(予備的には平成元年四月二四日)から本件土地明け渡し済みに至るまで一か月当たり一九万円の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二当事者の主張

一  原告の請求の原因

1  原告は、昭和四七年頃、被告との間において、原告を貸主、被告を借主、賃料の額を一か月当たり七万円とし、原告が返還を求めたときは被告は直ちに明け渡すとの約定で、本件土地の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結して、これを被告に引き渡し、その後、賃料の額を一か月当たり一九万円に増額する旨の合意をした。

2  原告は、昭和六三年四月二三日に到達した書面により、被告に対して、本件賃貸借契約の申し入れを行い、三か月以内に本件土地を明け渡すべき旨を求めた。

3  よって、原告は、被告に対して、本件賃貸借契約の終了を原因とする本件土地の明け渡し及び本件賃貸借契約の終了の日の翌日である昭和六三年四月二四日(仮に本件賃貸借契約が前記解約の申し入れの日から一年を経過したときに終了するものであるときは平成元年四月二四日)から本件土地明け渡し済みに至るまで一か月当たり一九万円の割合による賃料相当額の損害金の支払いを求める。

二  請求原因事実に対する被告の認否

1  請求原因1の事実中、本件賃貸借契約に原告が返還を求めたときは被告は直ちに明け渡すとの約定があったことは否認し、その余の事実は認める。

2  請求原因2の事実は、認める。

三  被告の抗弁

1  被告の代表取締役である渡辺秋人は、昭和三六年六月頃、訴外安藤慶三郎から東京都杉並区永福一丁目七〇〇番一の土地(別紙図面Aの土地で、以下「A土地」という。)及び同所七〇〇番五の土地(別紙図面Bの土地で、以下「B土地」という。)を賃借して、A土地に事務所用建物を建築して、土木工事業及び運送業を営んでいたが、昭和三七年一〇月頃、原告から本件土地(別紙図面Dの土地)にあった建物を賃借して、これを従業員の寮として使用していた。

2  ところが、本件土地にあった前記の建物は、その後取り壊されたので、被告(渡辺秋人の前記事業が昭和三九年三月に法人成りしたもの)は、その事業のために使用することを目的として原告から本件土地自体を賃借することとして、本件賃貸借契約を締結するとともに、これとほぼ同時に訴外安藤慶三郎から東京都杉並区下高井戸二丁目七一九番一の土地(別紙図面Cの土地で、以下「C土地」という。)を賃借して、そこに事務所用建物、作業所用建物及び倉庫を新築し、A土地にあった事務所用建物を従業員の寮として使用することとする一方、本件土地を被告の事業のための資材及び機材の置場並びに駐車場として使用することとして、現在に至っているものである。

3  以上のような経緯に照らすと、本件土地は、被告の事業にとって必要かつ不可欠のものであり、A土地又はC土地の事務所用建物の利用のために賃借されたものであって、これらの土地は、当初から一体として利用されているのである。

そして、借地法一条にいわゆる建物の所有を目的とする賃借権であるためには、必ずしも建物の全部又は一部がその借地の上に基礎を置くことを予定したものであることを要せず、隣接地の建物を利用するために他の土地を賃借し、これを一体として使用するような場合の賃借権をも含むものと解すべきであるから、本件賃貸借契約は、建物の所有を目的とするものというべきである。

したがって、本件賃貸借契約には借地法の適用があり、本件賃貸借契約は原告のした解約の申し入れによって終了するものではない。

四  抗弁事実に対する原告の認否

1  抗弁1の事実中、渡辺秋人が原告から本件土地にあった建物を賃借してこれを従業員の寮に使用していたことは認める(もっとも、それは、昭和四二年九月のことであって、被告の主張する昭和三七年一〇月のことではない。)が、その余の事実は知らない。

2  同2の事実中、本件土地にあった前記の建物はその後取り壊され、被告は原告から本件土地自体を賃借することとして、本件賃貸借契約が締結されたこと(もっとも、本件賃貸借契約は、本件土地を専ら資材及び機材の置場又は駐車場として使用することを目的として締結されたものであって、被告の主張するような無限定の目的のものではない。)、被告がC土地に事務所用建物等を所有していること、被告が本件土地を資材及び機材の置場並びに駐車場として使用していることは認めるが、その余の事実は知らない。

3  同3の主張は、争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因事実は、本件賃貸借契約に原告が返還を求めたときは被告は直ちに本件土地を明け渡すとの約定があったか否かの点を除いて、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件賃貸借契約が建物所有を目的とするものであるとする被告の抗弁の成否について検討する。

先ず、渡辺秋人が原告から本件土地にあった建物を賃借してこれを従業員の寮に使用していたことがあること、右建物はその後取り壊され、被告は、原告から本件土地自体を賃借することとして、本件賃貸借契約を締結し、本件土地を資材及び機材の置場並びに駐車場として使用していること、被告がC土地に事務所用建物等を所有していることの各事実はいずれも当事者間に争いがなく、これらの争いがない事実に《証拠省略》を併せると、次のような事実を認めることができる。

1  本件土地及び関係土地の位置関係は、概ね別紙図面表示のとおりであるところ、被告の代表取締役である渡辺秋人は、昭和三六年六月頃、訴外安藤慶三郎からA土地及びB土地を賃借して、A土地に事務所用建物を建築し、そこで土木工事業及び運送業を営み、また、昭和四二年九月頃、原告から本件土地にあった木造亜鉛葺本堂庫裡併合一棟、床面積一五・五坪を一時使用の目的で賃借して、これを従業員の寮として使用していた(なお、被告代表者は、右建物の賃借の時期が昭和三七年一〇月頃であると供述するけれども、右供述は、《証拠省略》に照らして、採用することができない。)が、右建物は、昭和四四年頃、取り壊された。

右渡辺秋人は、この間の昭和三九年三月に被告を設立して、前記事業の法人成りを遂げ、右事業を被告の事業として営むようになった。

2  ところで、被告は、昭和四〇年代の半ば頃、訴外安藤慶三郎にB土地を返還して、新たに同人からC土地を賃借したことに伴い、C土地に事務所用建物、作業所用建物及び倉庫を建築して、そこで前記事業を営み、従前A土地にあった事務所用建物は従業員の寮として使用するようになった。

他方、被告は、前記事業のために、建築資材や機材の置場及び工事用車両等の駐車場を必要としたところから、前記のとおり建物を取り壊したままとなっていた本件土地を原告から借り受けることとし、原告との間において、賃貸借契約証書を作成することなく、口頭によって本件賃貸借契約を締結したものであったが、その際、被告においては本件土地になんらかの建物を建築するような予定や計画は有していなかったし、そのような予定や計画があることを原告に告げたようなこともなかった。

3  そして、被告は、それ以来、本件土地の一角に建築資材を保管するための極く小規模な物置を建築したことがあるほかは、本件土地を専ら建築資材や機材の置場及び工事用車両等の駐車場として使用し、現在に至っているものであって、この間、被告においては、本件土地に建物を建築するためには新たに原告の承諾を必要とするものであり、そのような許可は容易に得られるものではないとの認識の下に、本件土地に建物を建築することを具体的に計画したようなことはなかったし、原告とそのための交渉をしたようなこともなかった。

三  このように、被告は、本件賃貸借契約締結当時においては、既にC土地及びA土地にその事業のために必要な事務所用建物等を所有していて、そのほかには本件土地に新たに建物を建築しなければならない必要性や具体的な計画はなく、本件土地を建築資材や機材の置場及び工事用車両等の駐車場として使用するために本件賃貸借契約を締結したものであること、被告は、その後においても、本件土地を専ら建築資材や機材の置場及び工事用車両等の駐車場として使用し、その一角に建築資材を保管するための小規模な物置を建築したことがあるほかは、そこに建物を建築しようとしたことはなかったことなど、前項に認定したような本件賃貸借契約締結当時及びその後の事実関係に照らすと、原、被告は、本件土地を建築資材や機材の置場及び工事用車両等の駐車場として使用することを目的とし、そこに建物を建築することは予定しないで、本件賃貸借契約を締結したものと認めるのが相当である(なお、原告代表者は、本件賃貸借契約の締結に際して、被告との間において、本件土地を専ら建築用資材の置場として使用し、そこに建物を建築しないことを約したとして、本件土地の使用目的についての具体的かつ明示の合意があったと供述するけれども、前記認定の経過や《証拠省略》に照らして、右供述は、右に認定したところを超える限度においては、直ちにこれを採用することはできない。)。

したがって、本件賃貸借契約は、建物の全部又は一部が本件土地の上に基礎を置き、本件土地を建物の敷地として使用することを目的とするという意味においては、建物所有を主たる目的とするものではないことは明らかである(もっとも、被告は、その後、本件土地の一角に物置を建築しているけれども、その規模や敷地の本件土地に占める割合が極めて小さいこと及びそれが建築資材を保管するためのものであることに鑑みると、このことは、本件賃貸借契約が建物所有を主たる目的とするものではないとすることを妨げない。)。

四  ところで、被告は、借地法一条にいわゆる建物の所有を目的とする賃借権は、必ずしも建物の全部又は一部が当該借地の上に基礎を置くことを予定したものであることを要せず、隣接地の建物を利用するために他の土地を賃借し、これを一体として使用するような場合における賃借権をも含むものであって、本件賃貸借契約は、被告が訴外安藤慶三郎から賃借しているA土地又はC土地上の建物の利用のために締結されたものであり、これらの土地は一体として利用されているのであるから、建物所有を目的とするものであると主張する。

しかしながら、借地法一条にいわゆる「建物所有ヲ目的トスル」賃借権とは、土地の賃借の主たる目的が当該土地上に建物を所有することにあるものをいうのであり、ある賃貸借契約が建物所有を目的とするものであるというためには、例えば、建物の敷地の用地とそれに至る通路用地について各別に締結された同一当事者間の二個以上の賃貸借契約のように、本来一個の賃貸借契約と解すべき場合又はそれに準じて取り扱うべき場合にあってはともかく、それが別個、独立の賃貸借契約である限りにおいては、当該賃貸借契約の主たる目的が当該賃貸借契約の目的たる土地上に建物を所有することにあるのでなければならないのであって、自己の所有地上又は他の賃貸借契約に基づく賃借地上に建築された建物の利用又はその便益のために締結された他の土地についての賃貸借契約までが建物所有を目的とする賃貸借契約であると解することは、著しく借地法の目的を逸脱するものであり、被告の右主張は、到底採用することができない。

五  そうすると、被告の抗弁は失当であるから、本件賃貸借契約は、原告のした解約の申し入れによって終了したものというべきである。

そして、原告は、本件賃貸借契約には原告が返還を求めたときは被告は直ちに本件土地を明け渡すとの約定があった旨を主張するところ、原告代表者は、被告が本件賃貸借契約の締結に際して原告から三か月前に解約の申し入れがあったときは本件土地を明け渡す旨を約したとして、右主張とは異なる供述をする一方、成立に争いのない甲第一号証の一(原告訴訟代理人が原告の代理人としてした被告に対する本件賃貸借契約の解約の申し入れの通知書)には別の趣旨の記載があるなどして必ずしも一貫せず、被告代表者尋問の結果にも照らすと、これらの証拠によってこの点についてのなんらかの確定的な合意があったことを認めることはできず、他には原、被告間にこれについての約定があったことを認めるに足りる証拠はない。

したがって、本件賃貸借契約は、原告が昭和六三年四月二三日に到達した書面によって被告に対してした解約の申し入れ後一年を経過した平成元年四月二三日をもって終了したものというべきである(民法六一七条一項一号)。

六  以上によれば、原告の本訴請求は、本件賃貸借契約の終了を原因とする本件土地の明け渡し及び本件賃貸借契約の終了の日の翌日である平成元年四月二四日から本件土地明け渡し済みに至るまで一か月当たり一九万円の割合による賃料相当額の損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条及び九二条、仮執行の宣言については同法一九六条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

〈以下省略〉

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